
北陸の企業では、取引先も同業者も互いに知っている場合が多いものです。「売ると知られたら仕事が減る」という心配が、M&Aの最初の壁になります。富山県の調査でも、M&Aの課題で最も多い答えは「取引先との関係を維持すること」でした。社名を伏せたまま相手を探す仕組みと、実名を明かす順番、北陸で気をつける3つの線を整理します。
富山県が2025年に行った事業承継のアンケートには、M&Aにおける課題を尋ねた設問(回答833件・複数回答)があります。上位は次のとおりです。
| M&Aにおける課題(問36) | 割合 |
|---|---|
| 取引先との関係を維持すること | 36.7% |
| 親族・役員・従業員から理解を得ること | 32.9% |
| 信頼できるM&A仲介会社の選定 | 20.3% |
| 金融機関との関係を維持すること | 18.2% |
| 情報漏洩や信用力低下等が懸念される | 14.6% |
80歳以上の経営者では、取引先との関係を挙げた割合が4割強と、ほかの年齢層より高くなっています。長く付き合った取引先ほど、心配は大きくなります。
中小企業庁の中小M&Aガイドラインも、この心配を裏付けています。取引先や従業員に情報が伝わった後でM&Aが頓挫すると、取引先の喪失や従業員の退職が起きるおそれがある、と述べています。
心配は正しいものです。だからこそ、情報を出す順番が、ガイドラインで決められています。
出典:富山県「令和7年度富山県中小企業事業承継支援アンケート調査結果」(p.20)/中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(p.31)
相手探しは、社名の分からない資料から始まります。ノンネーム・シート(ティーザー)は、売り手が特定されないように、業種や規模などの概要を短くまとめた資料です。
ガイドラインが示す流れは、次のとおりです。実名が相手に渡るのは、4の段階です。
ネームクリアは、候補先ごとに売り手の個別の同意を取り、秘密保持契約を結んだうえで行うことが原則です。支援機関に相手の選定を任せる場合でも、候補先との秘密保持契約は省けません。
売り手がすることは1つです。打診を避けたい先と、打診してよい先を、相手探しの前に支援機関へ伝えておくことです。
株式会社トマックは、国のM&A支援機関登録制度に登録しています。ネームクリアを1件ごとにご同意をいただいて行う旨は、「中小M&Aガイドライン遵守の宣言」に載せています。
出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(p.19・p.44・p.93)
ガイドラインは、地方の金融機関では顧客同士が顔見知りのことが多い、と指摘しています。ノンネームでも、互いに相手を特定できる可能性が高いというのです。北陸の商圏にも、当てはまる場合が多いと考えられます。
業種を細かく書く、市町村名まで書く、県内で1社しか持たない設備や許可を書く。こうした情報は、北陸では社名と同じ意味になりえます。
M&Aのネット掲載(M&Aプラットフォーム)でも同じです。一度ネットに出た情報は消せないため、公開されても受け入れられる範囲の情報にとどめます。
ガイドラインは、支援機関に相手の選定を任せる場合、排除する会社(取引先・同業他社など)の基準を決めることを求めています。売り手から中止の指示があれば、すぐに止めることも約束事です。
取引先に譲る道を残したいときも、最初から打診はしません。ほかの候補先の反応を見てから、順番の最後に回すなど、打診の順番を支援機関と決めます。
ガイドラインは、社内の役員・従業員にも知らせる時期と内容に注意するよう求めています。原則はクロージングの後、早くとも最終契約の後です。
ごく一部の親族や幹部には、最終契約の前に極秘で知らせることもあります。誰に、いつ伝えるかは、買い手と協議して決めます。
経営者の不用意な一言からトラブルになった例も、ガイドラインに挙げられています。同業者や親しい取引先への相談は避け、相談相手は秘密保持義務のある支援機関に絞ります。
秘密保持契約の条項でも、士業専門家や事業承継・引継ぎ支援センターへの相談は、共有を許す例が示されています。相談先を狭めすぎる必要はありません。
出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(p.31・p.58・p.94・p.108)/中小企業庁「中小M&Aハンドブック」(p.19)
北陸3県の事業承継・引継ぎ支援センターは、相談に来た会社の情報をデータベースにして、相手を探しています。掲載されるのは、会社が特定されない範囲のノンネーム情報だけです。
データベースの情報は、会社が許した範囲で扱われます。全国のセンター内だけで共有するか、登録機関や連携するプラットフォームにも開示するかを選べます。
| 県 | 事業承継・引継ぎ支援センター | 電話 |
|---|---|---|
| 富山 | 富山市高田527 情報ビル2F | 076-444-5625 |
| 石川 | 金沢市鞍月2-20 石川県地場産業振興センター新館2F | 076-256-1031 |
| 福井 | 福井市西木田2-8-1 福井商工会議所ビル8F | 0776-33-8279 |
センターと民間の支援機関のどちらに相談しても、社名を伏せて始める点は同じです。違うのは、相手探しの範囲と、交渉の支援の深さです。
出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(p.62)/富山県事業承継・引継ぎ支援センター/石川県事業承継・引継ぎ支援センター/福井県事業承継・引継ぎ支援センター
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※ 本記事は2026年11月時点の公表資料にもとづいています。制度の内容は変わることがありますので、手続きの前に各窓口でご確認ください。
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